・facial hold 柔軟性のある仮設の壁を作り、かかとがその壁についた状態で容疑者を立たせる。尋問官は、容疑者を手前に引っ張った後、壁に押しつける。疑者は肩甲骨を壁に打ちつけることになる。むちうちを避けるため、容疑者の頭部と首は頭巾かタオルで固定する。仮設の壁は、容疑者にショックを与えるため、ぶつかった時に大きな音が出るようにする。
世界で最も豊かで自由な國の筈のアメリカ合衆国の監獄システムが、信じられないような物凄い状況にあることが分かります。2006年12月の法務省発表のデータによると、執行猶予、保釈を含めた服役者は7百万、2百2十万が監獄の中にいます。これは人口当りだけではなく、絶対数でも世界第一位、如何なる「失敗国家」よりも高い数であり、世界中で投獄されている服役者の4人に1人はアメリカ国内のアメリカ人、10万人あたりの監獄服役者で見ると、少し古い2003年の統計ですが、アメリカの702人に対して、我が日本は53人です。1970年から2005年までの増加率は700%、その後もますます増え、毎週約千人が新しく投獄されているそうです。アメリカの黒人人口は全人口の12%あまり、しかし、監獄人口の50%は黒人が占めています。何故こんなことになっているのか? ジーナ事件はその一つのヒントを与えます。黒人たちはいい加減な法的プロセスで簡単に監獄にぶちこまれてしまうのです。前回にも書きましたが、ジーナ高校で黒人生徒が騒いだとき、検事Reed Walters が学校に乗り込んで来て「See this pen? I can end your lives by the stroke of a pen」と豪語しました。 ..... ..... 毎週千人も刑務所入りの人の数が増えれば、当然それに見合う刑務所の数も増えなければなりません。一つの報告書によれば、1990年代だけでも245の刑務所が、大都市周辺ではなく、地方に分散して建設されました。これは財政的窮乏に喘ぐ地方自治体にとっては大福音。受刑者千人あたり300人のローカルな雇用が増え、税収入も大幅増加、道路舗装や地下水道整備などのインフラの充実も期待できます。監獄産業大歓迎というわけです。地方の活性化に役立って、大都市の治安の改良ももたらすとなれば、これこそ一石二鳥です。お金の勘定が金科玉条のアメリカの論理の当然の成り行きですが、アメリカの刑務施設もプライベタイゼーションが花盛り、十年前は民営の刑務所は5個所、収容人数2千であったものが、今では百以上、ベッド数6万2千、今から10年の間にベッド数は36万に達すると見込まれています。その最大手は Corrections Corporation of America (アメリカ刑務施設株式会社)で約50の刑務所を運営し、このところ毎年1万ベッド数増加のペースを誇っています。したがって、この会社CCA の株は大人気で1992年に一株$8が今では$30の値をつけています。民営刑務所産業は目覚ましい成長産業として、アメリカン・エクスプレス社やゼネラル・エレクトリック社なども大々的に投資をしています。民営化の波に乗って、日本でも素晴らしい設備を誇る民営刑務所が出来たというニュースが流れていましたが、アメリカの民営刑務所の内情はどうでしょうか? 最高の利潤を絞り出すのが民営刑務所経営の鉄則ですから、受刑者も看守たちも極楽の生活を楽しんでいないことは聞いてみなくても分かります。実際、その内情のひどさを訴える声が日増しに高くなっているようです。 http://ootw-corner.asablo.jp/blog/2009/09/23/4593729
<<前 一ジャーナリストが見た中国と米国の検閲社会 ― 2009/11/18 昨日紹介した「Don’t Lecture China on Censorship」というタイトルの記事に日本国民にとっても興味深い記述がある。記事の筆者は、1990年代にジャーナリスト、ジャーナリズム教師として中国で生活し、働いていたDave Lindorffという方。国家やメディアから提供される情報に対する中国国民と米国民の姿勢、考え方の違いを指摘している。
「南部連合との戦いとスー(Sioux)族やフィリピン人との戦いの違いは、<後者の>黒い色の敵に対しては、焦土政策が意図的絶滅戦略となったことだ。 ウィリアム・T・シャーマン(William <Tecumseh >Sherman<。1820〜91年>)将軍は、グラント(<Ulysses S. >Grant<。1822〜85年。後に米大統領>)に対し、1867年にインディアンが陸軍の部隊の8名全員を殺した後、「その男達、女達、及び子供達の絶滅さえ視野に入れて、スー族に対し、復讐的な真剣さでもって行動しなければならない。・・・」と書き送った。 それが、それ以降、19世紀の終わりまで、陸軍がインディアン達に対して続けたやり口だった。 フィリピンにおける司令官達は、村落の生活の中に溶け込んだ、神出鬼没のゲリラ戦士達に直面し、彼等自身、同じような絶滅主義者的目標・・ジェイコブ・スミス(Jacob Smith)将軍の悪評高い命令であるところの、小銃を携行できるすべてのフィリピン人を殺せ、というような目標・・を採用するに至った。 もう少し具体的にと求められると、彼はこう言った。10歳を超える者全員だと・・。 歴史家のジョン・フィスク(John Fiske<。1842〜1901年>)が、その著書の『ニュー・イングランドの始まり(Beginnings of New England)』(1889年)の中のペクォット(Pequot)戦争(注1)に関する章の中で、野蛮人達と戦う場合は、野蛮に戦わなければならないという所見を述べたように・・。
(注2)「この法の最も強力な支持者達の幾ばくかは、マディソン・グラント(Madison Grant<。1865〜1937年>)と、彼の1916年の本である『偉大な人種の死(The Passing of the Great Race)』の影響を受けていた。グラントは、優生学主義者であり、人種的浄化(hygiene)理論の主唱者だった。彼は、データで、米国を建国した北欧諸人種の優越性を示そうとした。 しかし、この法の賛成者達の大部分は、人種的な現状維持を図ることによって外国人労働者達との競争を回避することに、より関心があった。 この法は、よく知られた労働組合指導者にしてAFLの創設者である、サミュエル・ゴンパース(Samuel Gompers<。1850〜1929年>)によって強く支持された。ゴンパースは、ユダヤ人移民であり、多くのユダヤ人からの、<この法が定めた人種別>枠は、反ユダヤ主義に立脚している、との非難を意に介しなかった。」 http://en.wikipedia.org/wiki/Immigration_Act_of_1924 (太田)
ジャクソン・リアーズの'Rebirth of a Nation'の本によれば、「米自然史博物館は、1877年にニューヨーク市で開館したが、アジア、アフリカ、及び北米の人々を、は虫類、魚類、そしてライオンと並べて展示した。」そうですが、白人以外の人間を動物として分類していたようだ。つまり日本人もアメリカ人から見れば動物だったわけであり、欧米の漫画では日本人をサルのように書かれたものが沢山ある。
日本の自民党政権はアメリカの代理統治機関であり、「軍事的介入の繰り返しと米国の政策に対して友好的な諸政府への支援という形をとった。」と'Rebirth of a Nation'と書かれているように軍事介入と代理統治機関は一体化しているのであり、イラクにおいてもマリキ政権はアメリカの代理統治機関に過ぎない。米軍がイラクにいる限りはイラク国民は反米政権を作ることは不可能だろう。